【連載】クラシックに詳しっく! |第3番 クリスマスを迎える前に/第4楽章『やっぱり第九!』
ピアノ教本/クラシックピアノ

年末が近づくと、自然と耳に入ってくるベートーヴェンの「第九」。
日本ではすっかり冬の風物詩となったこの名曲を、今回は対談形式で、少し深く、身近にひもといていきます。
連載『クラシックに詳しっく!』って?
普段の生活の中でクラシック音楽が流れているシーンは意外と多く、
ちょっと耳をすませば、驚くほど身近で親しみやすい音楽だったりします。
この連載では、そんな“日常でふと耳にするクラシック=暮らしック音楽”を、
季節やテーマに合わせて詳しく、楽しくご紹介していきます。
前回はこちら ▼
第4楽章:やっぱり第九!
日本の年末を彩る音楽として広く親しまれ、この時期特に演奏頻度が高いクラシック作品と言えば、ベートーヴェン作曲交響曲第9番ニ短調作品125、通称「第九」です。
ベートーヴェンにとって最後に完成したこの交響曲は、今から201年前の1824年に完成し、同年5月7日にウィーンのケルントナー門劇場で初演され、大成功を収めたそうです。
しかし、その後は「第九」にとって不遇な時期が続きました。
再評価されたのは20年後、ベートーヴェンを敬愛していたワーグナーによる蘇演がきっかけだったと言われています。ちなみに、ワーグナー上演の総本山であるバイロイト祝祭歌劇場で、ワーグナー作品以外に唯一演奏される作品が、この「第九」です。
さて、今回はこの曲に人一倍熱い情熱を持つ方を、特別ゲストとしてお招きしました!
お招きありがとう。
わしが武江藤(ぶえとう)じゃ

武江藤 弁(ぶえとう べん)
大阪泉州生まれ、クラシック音楽の歴史や鑑賞にハマっている語り好きの熱男。
アコースティックギターを爪弾き、歌い出したら止まらない一面もある。敬愛する作曲家は筒美京平とベートーヴェン。
ようこそ、「クラシックに詳しっく」へ!
今回はベートーヴェンの「第九」についてお話をして頂きたいと思います。
この偉大な曲について語ると、わしゃ止まらんぞぅ~
第1楽章の混沌とした開始からの闘争!
ティンパニが乱舞する第2楽章!
一転して平安の祈りが紡がれる第3楽章!
そしてそれまでの50分を否定するかのように始まる第4楽章!!
低弦から静かに始まり高らかに奏でられる歓喜の旋律!!
交響曲に声楽を加えるという画期的なアイデアは、残念ながらベートーヴェンの専売特許ではないようだが、バリトンに導かれて合唱が声高らかに歓喜の旋律を歌い上げる瞬間は、まさに鳥肌物じゃ!!!!
武江藤さんの「第九」に寄せる熱さが伝わりました!
ひとまず落ち着いて、お水を飲んでくださいっ
う、うむ!最初から飛ばしてしまってすまない!
しかし「第九」と言えば、合唱が加わる第4楽章のみがクローズアップされておるが、第1楽章から聴いてこそ、その真価がわかる大作!出来れば全曲を聴いてほしいものじゃ!
♫早速、実際に聴いてみましょう
■鑑賞のおともに

ポケットスコア ベートーヴェン 交響曲第9番ニ短調 作品125/合唱譜付
(全音楽譜出版社)

OGT-2109 ベートーヴェン交響曲第9番 二短調 作品125(合唱付)
(音楽之友社)
日本で「第九」が初めて演奏されたのは?
全曲で70分かかる大曲ですが、第1楽章からテンション高く元気になれる曲ですし、ベートーヴェンの魅力が凝縮された作品ですね。
ところで、日本での初演はいつ頃だったのでしょうか?
今から100年以上前の大正7年に、第1次世界大戦のドイツ人捕虜たちが、徳島県の板東俘虜収容所で全楽章の演奏をした記録が残っておる。
これを記念した「鳴門市ドイツ館」が徳島県の鳴門市にあるんじゃが、この収容所を舞台にした『バルトの楽園』という映画も製作されておるぞ!
鳴門市ドイツ館|徳島県鳴門市『第九が日本で初めて演奏された地』
ま、しかしこの演奏は非公開で、合唱も男声のみだったからな。
演奏会として完全な初演が行われたのは、東京藝術大学の前身である東京音楽学校の先生や学生と、ドイツ人指揮者グスタフ・クローンとによる演奏だったと言われておる。
奇しくも、ウィーンでの初演からちょうど100年が経った大正13年のことじゃわ。
日本人が「第九」と出会って、100年以上が経ってるんですね!
そうじゃ。
当時、ベートーヴェンの交響曲第5番『運命』などもドイツ人捕虜によって日本初演されておるから、ベートーヴェンと日本人の付き合いは100年以上になるな。
なぜ年末に「第九」なのか?
今や冬の風物詩となり、季語にもなっている「第九」。特にこの時期に多く演奏されていますよね
年末の「第九」恒例となったきっかけは諸説あるようじゃの。
わしが思うに、1938年12月のクリスマスに、ジョゼフ・ローゼンストックの指揮する新交響楽団(のちの日本交響楽団、現在のNHK交響楽団)が「第九」を演奏し、その2年後の1940年大晦日の夜に、同じコンビによる「第九」の演奏が、ラジオで全国に生放送されたことが発端になるんじゃないかのぉ~
テレビ放送がなかった当時、娯楽の王様だったラジオから流れる「第九」は、強烈な印象を与えたことじゃろな!
ローゼンストックは、ポーランド出身で、来日前からベルリンで活動していた指揮者ですよね?
よく知っておるな!
ライプツィヒでは1918年から毎年、年末の「第九」演奏会が行われておって、その習慣がベルリンにも伝わった。
それにならって、ローゼンストックが日本でも年末に「第九」を演奏したいと提案したようじゃ。
もともとの原型はベートーヴェンのお膝元だったんですね!
今でも、ライプツィヒやウィーンでは大晦日に「第九」演奏会が毎年開かれているそうですしね。
やはりドイツ人にとって、ベートーヴェンは特別な存在じゃからな。
特に「第九」は記念碑的で祝祭的な作品じゃ。その時代、その国にとって大きな意味を持つ節目ごとに、演奏されてきた曲なんじゃよ。
たとえば、空襲で焼失したウィーン国立歌劇場を再建した1955年11月の記念演奏会。
1989年12月のチェコスロバキアのビロード革命を祝福するプラハでの演奏会。
さらに、バーンスタイン指揮によるベルリンの壁崩壊を祝したベルリンでの演奏会や、1990年10月2日の東西ドイツ再統一記念式典など――
まさにモニュメンタルな機会に演奏されてきておるのぉ
日本でも、1998年2月の長野オリンピック開会式(小澤征爾指揮)や、2011年4月の東日本大震災被災者支援チャリティ演奏会(メータ指揮/NHK交響楽団)。
そして今年の大阪万博開幕式(佐渡裕指揮)でも演奏されていましたね!
♫実際に聴いてみましょう
そうじゃ。
日本では、戦後の1947年12月に、日本交響楽団(現在のNHK交響楽団)が、3日連続の「第九コンサート」を行ってから、年末に「第九」を演奏する習慣が定着していったと言われておる。
現在では、毎年150公演程度の「第九」が12月に開催されているようじゃよ。
そして、聴く側から歌う参加型へと変わっていったことも、日本での「第九」人気に拍車がかかった理由ですね。
第九演奏が盛んになった時期と重なるように始まった「うたごえ運動」を背景に、合唱が盛んになったからな。
毎年12月の第1日曜日に大阪城ホールで開催される「サントリー1万人の第九」や、毎年2月に両国国技館で開催される「国技館5000人の第九コンサート」などは、日本独特の音楽体験といっても過言ではなかろうのぉ。
■「第九」の合唱譜はこちら
各社から様々なものが出ています。
発音ルビの有無やオーケストラ部分の記譜、ページのめくり等々、現物を手にされご検討ください。

ベートーヴェン 歓喜の歌(フリガナ付ゴールド版)新訂版
(ハンナ)

新しい『第九』合唱譜 見やすい・わかりやすい オーケストラ譜付き
(スタイルノート)
『歓喜の歌』は、世界共通のメロディへ
「第九」の4楽章、「歓喜」のメロディは、1972年の欧州評議会によってヨーロッパ全体を象徴する「欧州の賛歌(アンセム)」として宣言されてますね。
さらに1985年には、ミラノで開かれた欧州理事会(EU首脳会議)において「欧州の賛歌」を共同体の歌とすることが採択されました。
そこで一役買ったのが、あの大指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンじゃ!
彼は「歓喜」のメロディを、ピアノ独奏版、吹奏楽版、オーケストラ版に編曲するよう依頼され、公式録音の演奏も指揮しておる。
カラヤンはクラシック音楽ファン以外にも知られている、1950年代半ばから40年近くにわたりヨーロッパ・クラシック界の帝王として存在していた名指揮者ですね。
没後40年近くなりますが、その録音、録画は燦然と輝きを放っていますね!
♫実際に聴いてみましょう
そのカラヤンが、自分の手兵であるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との本拠地として竣工したベルリン・フィルハーモニー落成記念演奏会で取り上げたのもベートーヴェンの「第九」でしたね!
1980年初頭のCDの開発期、CDのサイズ(収録時間)を決める際に意見を求められたカラヤンが、「第九が入るサイズにしたい」と言ったことが決定打となり、現在の12cmサイズが決まったとも言われておるな。
カラヤンの遺産と「第九」の融合が、今もヨーロッパはじめ世界の基準になっているとは驚きです!
「歓喜」の旋律は『天には御使い』として、讃美歌でも歌われておるぞ。
この讃美歌は、キリストの復活を喜ぶ春のイースターで歌われる歌詞がつけられておるんじゃ。
映画『天使にラブソングを2』でも、ゴスペル調でにぎやかに歌い踊られていますね♪
どんなアレンジをしても、あのシンプルで誰でも歌える旋律は不滅じゃな!
順次進行で音の跳躍が少なく、覚えやすいメロディですからね。
あの旋律の凄さは、ピアノだけの演奏でも伝わってくるぞ!
例えば、ベートーヴェンを敬愛していたリストが、彼の全交響曲をピアノ用に編曲しておるが、この演奏で聴くと、改めて「歓喜」の旋律の普遍的な力が伝わってくるように感じるのぉ~
■楽譜はこちら

リスト編曲 ベートーヴェン交響曲全集2
(春秋社)
「歓喜」の旋律は聴くのも歌うのもテンションが揚がりますが、他の合唱部分は、音程の跳躍も多く大変ですね
簡単ではないが、恐れるに足らずじゃ。
ガイドブックなんかも出ておるし、そこから第九に入るのも面白いかもしれんな!
■書籍はこちら

《第九》虎の巻 歌う人・弾く人・聴く人のためのガイドブック
(音楽之友社)
やはり歌い甲斐がある作品ですよね。
そらそうじゃ!
よいか!?あれを歌う時にはな…
すみません武江藤さん!
まだまだお話したいのですが、そろそろお時間が…
お、おっと、もうそんな時間か…
またグリューワインでも飲みながらゆっくり話そう。
そうですね、今日はありがとうございました!またのお越しをお待ちしております!
第3番 クリスマスを迎える前に エピローグ
この時期、百貨店やコンビニなどをはじめとして、クリスマス音楽で店内を盛り上げ、音楽のデコレーションで人々を迎えます。音楽がその場の雰囲気を作り、何気なく聞こえてくる音楽で心が浮き立ったり、癒されたりする事も少なくありません。
耳なじみのクリスマスの音楽も、今までより少しだけ耳を傾け、興味をもっていただければ、今まで気付かなかった素敵な出会いが待っているかもしれません。
そして少しだけ足を進めて、ネットで検索してみたり、楽譜を開いてみたりしてはいかがでしょうか?
楽譜は音楽にとってレシピのようなものです。
同じレシピでも料理を作る人によって味が異なるように、同じ楽譜でも、演奏者によって聴こえてくる音楽は異なります。
レシピを知れば料理に興味が持てるように、楽譜を見れば、その曲の隠し味が聞こえてくるかもしれません。楽器を弾くのが苦手な方も、楽譜に馴染みがない方も、簡単な楽譜の読み方をマスターし、素敵な出会いや楽しい発見を楽しんで頂ければと思います。
それでは、音楽に彩られた素敵なクリスマスをお過ごしください。


●この記事を書いた人
もり
魚と麺類がおいしい福岡に生まれ、高校卒業後に渡欧。1年のドイツ語研修を経て、ウィーンにてピアノ、古楽奏法、音楽学、楽器法、指揮法などを学ぶ。帰国後、大学にて音楽学を専攻、同時に棒振り人生をスタート。指揮、トレーナー、講座、編曲等でクラシック系を中心に音楽と携わり、早〇十年。ニュースはスマホで読みますが、楽譜と書籍は紙印刷を今でもこよなく重宝しています。











