【連載】クラシックに詳しっく! |第2番:おはようからおやすみまで - 生活を彩る暮らしック音楽
ピアノ教本/クラシックピアノ
第2番:おはようからおやすみまで - 生活を彩る暮らしック音楽
普段の生活の中で“クラシック音楽”が流れているシーンは多く、ちょっと耳をすませば、意外にとっつきやすく身近な音楽だったりします。今回も、そんな生活の中で聞こえる“暮らしック音楽”をご紹介していきたいと思います。
前回はこちら ▼
第1楽章:モーツァルトと洗濯機

前回のモーツァルトつながりでご紹介するのは、日〇の洗濯機から聞こえる洗濯開始のメロディ。
こちらはピアノ・ソナタ第11番(K331)の第1楽章冒頭の部分です。
洗濯機バージョンは速いテンポですが、本来のピアノでの演奏はゆったりとしたテンポで、可愛らしいメロディに癒される曲です。
この第1楽章は、『きらきら星変奏曲』と同じ、“変奏曲”というスタイルで書かれています。
テーマ(冒頭部分)のメロディを、テンポや曲想、拍子等でお色直しをしながら紡がれる変奏曲は、ピアニスト兼作曲家のモーツァルトにとって腕の見せ所で、数多くの変奏曲が遺されています。
この曲の第3楽章として書かれたのが、有名な「トルコ行進曲」で、こちらは快活な行進曲となっています。
■ 楽譜はこちら

全音ピアノライブラリー
モーツァルト:ピアノ・ソナタ イ長調 KV331 [トルコ行進曲付き]
(全音楽譜出版社)
左手で奏でられるリズムと音色は、当時流行していたトルコ軍楽隊を模したもので、楽譜にも「Alla Turca.トルコ風に」と記されています。
人気作曲家の常として、流行に敏感なモーツァルトは、この曲以外にもトルコ・サウンドを用いた作品を遺していますが、またそれは別の機会にご紹介できればと思います。
モーツァルトの脳内イメージを再現したかのような(!?)--
トルコの民族楽器による色彩豊かな演奏を、ぜひお愉しみください。
また、他メーカーの洗濯機からは、同じくモーツァルトのピアノ・ソナタ第16番(K545)の第1楽章が聞こえてきます。
ソナチネアルバムにも収録されている曲なので、「弾いたことある!」という方が多いかもしれません
■ 楽譜はこちら

全音ピアノライブラリー
ソナチネアルバム 第1巻 (今井顕 校訂)
(全音楽譜出版社)
こちらは、いわゆる原典版に近い状態で、後付けされたスラーなどのアーティキュレーションが排除された楽譜です
■ 楽譜はこちら

こどものピアノレッスン
新こどものソナチネアルバム
(全音楽譜出版社)
子どものレッスンにピッタリ!
簡単な解説は、想像力豊かな演奏のヒントになります。
番外編として、ノルウェーの作曲家グリーグによる2台ピアノ版をご紹介します。
モーツァルトの原曲に、グリーグが第2ピアノを追加したアレンジ物で、ばっちりメイクを施したモーツァルトを聴くことが出来ます。
■ 楽譜はこちら

全音ピアノライブラリー
モーツァルト=グリーグ 2台のピアノのためのソナタと幻想曲
(全音楽譜出版社)
ここで豆知識を♪
モーツァルトの膨大な作品からお気に入りを探すのは大変!
いいなと思ったら、K〇〇〇の番号を覚えましょう。
これは世界共通のモーツァルトの作品目録番号で、モーツァルトの作品を書かれた順番に整理した音楽学者の名前をとってケッヘル番号と言われている物です。
この番号さえあれば、協奏曲の何番だったか、何長調だったか等覚えなくても大丈夫です。
因みに、J.S.バッハはBWV、ヘンデルはHWV、シューベルトはDの作品目録番号が付いています。
第2楽章:バッハといえば、コーヒーと電気ポット!?

残暑が終わり、肌寒くなってきたこの時期、ホットな飲み物は心安らぐアイテム。
そんな時、活躍してくれる〇印の電気ポットから聞こえる『メヌエット』BWV Anh114(J.S.バッハ『アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳」より)が、お湯が沸いたことをお知らせしてくれます。
この作品、実はJ.S.バッハのオリジナルではなく、J.S.バッハと同時代のドイツの作曲家ペッツォルトの作品であることが、研究によって判明しました。
アンナ・マグダレーナ・バッハは、バッハの2番目の妻(先妻とは死別)で、二人の間には13人の子供が生まれました。
アンナ自身もソプラノ歌手で、夫の書稿や筆写譜の作成を手伝ったそうです。
そんな愛妻にバッハが贈ったのがこの音楽帳で、J.S.バッハ自身の作品とともに、息子カール・フィリップ・エマヌエル・バッハやフランスで活躍していたフランソワ・クープランの作品等が収められています。
■ 楽譜はこちら

ウィーン原典版150 アンナ・マグダレーナ・バッハのクラヴィーア小曲集
(音楽之友社)
眉間にしわを寄せたような肖像画が印象的なJ.S.バッハですが、ドイツ語の「BACH」は、日本語に訳すと「小川」という意味です。
これをもじって、かのベートーヴェンが「彼はBACH(小川)ではなく、MEER(大海)だ」と称賛したそうですが、膨大な宗教曲を遺した偉大な作曲家の、アットホームな作品集は、やさしいせせらぎを感じさせてくれます。
また、J.S.バッハは大のコーヒー好きだったそうで、父と娘がコーヒーについて争い、
「コーヒーがなきゃ私は生きていけないわ!」
「猫がネズミ捕りを止められないように、娘はコーヒーを止められない」
と歌う『コーヒー・カンタータ(おしゃべりはやめて、お静かに)』という喜劇的作品まで作っています。
J.S.バッハが現代に生きていたら、大好きなコーヒーをいつでも飲めるように、電気ポットは欠かせない存在になっていたことでしょう。
■ トートバッグあります

トートバッグ コーヒーを淹れるバッハくん ナチュラル
(株式会社50)
第3楽章:あたたかさをお届けするクラシック ~ 給湯器&ファンヒーター ~
帰宅し、ほっと一息のタイミングで〇ーリツ給湯器から聞こえるお湯張り終了の音楽は、ドイツ人の作曲家テオドール・エステンが作曲した『人形の夢と目覚め』です。
この曲は全6曲からなる小品集『子供の情景』に含まれる3分程度の小品で、「子守唄」「人形の夢」「人形の踊り」の3部構成になっています。
お湯張り終了のメロディは、第2部の「人形の夢」冒頭部分が使われています。
モーツァルトやJ.S.バッハと比べるとネームバリューの低いエステンですが、ピアノ発表会の定番曲『アルプスの夕映え』や『アルプスの鐘』などを遺しており、ピアノ教師として名高かったエステンの一面がうかがえます。
■ 楽譜はこちら

全音ピアノライブラリー 全音ピアノ名曲選集 下巻
(全音楽譜出版社)
続いて、寒い部屋を暖めてくれるコロ〇の石油ファンヒータから聞こえるのは『エリーゼのために』。
クラシック界の偏屈おやじ代表、ベートーヴェンが恋人に宛てたラブレターともいえる音楽が、「灯油を補充してくださいね」、と優しく語りかけてくれます。

苦虫をつぶしたような肖像画のベートーヴェンですが、いくつも恋をしました。
生涯独身だったベートーヴェンにとって、それは秘めた恋だったのかもしれません。
「エリーゼ」が誰を指すのか、諸説ありますが、この曲はベートーヴェンの生前に発表されることなく、死後40年経った1867年に、音楽学者ノールによって発見されました。
■ 楽譜はこちら

全音ピアノピース002 エリーゼのために(WoO 59)/ベートーベン
(全音楽譜出版社)
第4楽章:しばしの間、音楽をお楽しみください ~電話の保留音~
そして、現在では少なくなった固定電話の保留音にも、多くのクラシック音楽が用いられてきました。
いくつか例を挙げると…
電話の保留音①
カノン(パッヘルベル作曲)
結婚式等でも耳なじみの、ドイツの作曲家パッヘルベルによるカノン(カノンとは、「カエルの歌が~」の輪唱形式で演奏される形式の名称です)。
原曲はこのあと、イギリスの舞踏音楽ジークが続いて演奏されます。
それぞれの声部の重なりが美しく、いろんなアレンジで演奏されている作品です。
■ 楽譜はこちら

ピアノソロ 中・上級
いろいろなアレンジを楽しむ パッヘルベルのカノン
(ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス )

いろんなアレンジで弾く
新・ピアノ名曲ピース 23 カノン
(デプロMP)
電話の保留音②
愛の挨拶(エルガー作曲)
こちらも結婚式でよく弾かれる作品。イギリスの作曲家エルガーが愛妻との婚約記念に贈った作品で、愛らしい旋律が魅力的です。
電話の保留音③
鱒(シューベルト作曲)
■ 楽譜はこちら

声楽ライブラリー
シューベルト歌曲集1(中声)
(全音楽譜出版社)
シューベルトは、31年という短い生涯で600以上の歌曲を遺し、「歌曲の王」と呼ばれています。
この歌曲では、釣り人が策略を使って鱒を釣り上げる様子が描かれていますが、作曲されなかった原詩(シューバルト作詞)では続きがあり、「男性はこうやって女性をたぶらかそうとするから気を付けて」と言う内容になっています。振り込め詐欺に気を付けて!
このメロディによる変奏曲を第4楽章に配した、作曲者自身によるピアノ五重奏曲『鱒』も有名です。
■ 楽譜はこちら

(137)シューベルト ピアノ五重奏曲 イ長調 鱒
(日本楽譜出版社)
電話の保留音④
グリーンスリーヴス(イングランド民謡)
イギリスの作曲家ヴォーン・ウィリアムズがこの旋律を用い、『グリーンスリーヴスによる幻想曲』を書いたことでも有名になった、イングランド民謡の代表曲ひとつです。
■ 楽譜はこちら

(384)ヴォーン=ウイリアムズ グリーンスリーヴズによる幻想曲
(日本楽譜出版社)
電話の保留音⑤
愛のワルツ(ブラームス作曲)
ピアノ連弾用に30代のブラームスが作曲した『16のワルツ』の第15番目のこの作品は、出版当時から人気が高く、ブラームス本人によって独奏用に編曲もされました。
■ 楽譜はこちら

全音ピアノライブラリー
ブラームス ワルツ集 作品39(連弾)
(全音楽譜出版社)
この当時のブラームス、なかなかのイケメンで、晩年のひげもじゃな雰囲気とは別人のようです。
ちなみに、ブラームスと発明王エジソンは懇意の仲だったそうで、新しいテクノロジーに興味津々のブラームスは、エジソンの発明した蓄音機で自作のピアノ曲を録音しており、これがクラシック音楽の録音第一号と言われています。
レコード、CDへと続く音楽録音のパイオニアに、ブラームスがいたなんて意外ですね。
他にも、電話の保留音には色々なクラシック音楽が使われています。
お待たせタイムの音楽なので、運動会やスーパーマーケットのBGMのようなアップテンポの曲ではなく、比較的ゆっくりのテンポで穏やかな曲想のラインナップですね。
エピローグ
メーカーによって違いはありますが、家電製品から聞こえるクラシック音楽は意外とたくさんあります。
最近では、シンプルな電子音や効果音のようなシグナルが主流となってきたかに思えますが、サラッと聞こえるクラシック音楽の1フレーズが、ホットでほっとするひと時を演出してくれます。
何気なく聞こえてくる音楽に耳を傾け、興味をもっていただければ、新しい素敵な出会いが待っているかもしれません。そして少しだけ足を進めて、ネットで検索してみたり、楽譜を開いてみたりしてはいかがでしょうか?
楽譜は音楽にとってレシピのようなものです。
同じレシピでも料理を作る人によって味が異なるように、同じ楽譜でも、演奏者によって聴こえてくる音楽は異なります。
レシピを知れば料理に興味が持てるように、楽譜を見れば、その曲の隠し味が聞こえてくるかもしれません。楽器が得意でない方も、楽譜に馴染みがない方も、簡単な楽譜の読み方をマスターし、素敵な出会いや楽しい発見を楽しんで頂ければと思います。
それでは、身も心も温かい空間で、素敵な芸術の秋をお過ごしください。

●この記事を書いた人
もり
魚と麺類がおいしい福岡に生まれ、高校卒業後に渡欧。1年のドイツ語研修を経て、ウィーンにてピアノ、古楽奏法、音楽学、楽器法、指揮法などを学ぶ。帰国後、大学にて音楽学を専攻、同時に棒振り人生をスタート。指揮、トレーナー、講座、編曲等でクラシック系を中心に音楽と携わり、早〇十年。ニュースはスマホで読みますが、楽譜と書籍は紙印刷を今でもこよなく重宝しています。











